大規模集約林業の果てに②

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グーグルアースで見た大規模に皆伐された山林

 一方山林所有者。集約林業の場合、山林を取り上げられる形になるばかりの所有者。20年に一度の間伐施業時に雀の涙ほどの収入が入るだけ(入らない方もいる)。20年程度に一度の間伐施業であるため次に収入が予定されるのは20年後である。集約化された山林所有者の中には自ら施業したかった(自伐林家になりたかった)方もいるはず。彼らにとっては森林組合に収入を収奪されたと感じる方もいるだろう。さらに先に指摘したように、施業後の山の状態が悪かったり、雑であったりすれば、見る目のある山林所有者は怒りを覚えるであろう。

 また高齢化しつつある山林所有者は生きている間に収入を得たくなり皆伐(主伐)を要求する方も増えるだろう。要するに集約林業は森林組合自体を存続させようとする行為と言える。これは本末転倒である。林業知識がなく林業をやろうとしない山林所有者も問題なのだが、これを大前提に動いている、いやそうし向けている林業界はもっと問題があると言えるだろう。故に林業の未来に希望を持てない山林所有者は、伐採を契機に林業を廃業する方も増えるだろう。そうなると主伐後は林業から完全に手を引く、再造林しない山が急増するのである。これは林業自体が縮小すると言うことだ。現在も業者に売り払い皆伐されそのまま放置される山が後を絶たない。この禿げ山は土砂流出や土砂災害さえも引き起こす。

木を切り尽くした山はどうなるのか。原木市場や製材所のない林業地域はどうなるのか。
なけなしの森林資源を失った森林地域は衰退するだけだろう。それでは「一時的な林業(委託業者)栄えて、山村滅ぶ」ということになりかねない。目先の活性化に追われて「木を見て、森を見ず」になってはいけないのである。

集約林業一辺倒は、実に危険であることを認識しないといけない。
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by ken_nakaji | 2009-02-04 06:38 | 森林 | Comments(0)
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