あきれてしまう、今日の高知新聞社説

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これは本日(2011/07/29)の高知新聞朝刊の社説だ。この内容を見て何とも思わない人は、林業を基本的に理解できてない人だ。2.2倍にするということはどういうことかまず理解しないといけない。この社説でも建築用材に触れているが、建築用材の国産比率は既に50%超え、60%も超えているのではなだろうか。日本のスギはかなり安く、たいがいの外材より安くなっているのでもう既にかなり国産化しているのである。国産化されていない材というのは、パルプ材やエネルギー材等の低質材である。

この社説では「日本の森林は零細所有者が多く、作業道も十分に整備されていない。これが高コストにつながっており、この構造を改善する必要がある」「再生プランは作業道を集中的に整備するとともに、高性能の作業機械の導入、効率的な木材加工、流通体制の整備などを通じ、林業を成長産業に育てることを目指している。その方向性に異論はないが、大切なのはそれぞれの施策を着実に実行することだ。」と断定している。

先に述べたことすら、わかっていないようなのに、国の施策だからといって断定した内容の社説を展開してもいいのだろうか。恐らく林業の現場すらろくに知らない机上論者が、国の施策ありきで書いてしまった記事ではないだろうか。あまりに浅はかである。全国でもこのプランに賛成できないと言っている、林業者は数多い。調査結果でも半分に及んでいる。これはあまりに不安をあおる計画であることを証明している。高知県の森林組合連合会ですら不安を表明している。高知新聞はこの背景は何かきちんと確かめる必要があるのに、それはまったくせずにこのような決めつけの社説を載せるとは言語道断である。ある意味情報操作である。本日明るみに出た原子力安全保安委員の「やらせ」と同じである。まったく気分の悪い社説である。

所有と施業を分離し、大規模に集約して森林組合等の業者に委託して施行させる手法は、森づくりの視点がなくなり、山を壊す、伐りすぎる、そして最後は再造林を伴わない皆伐(はげ山)に至る、土砂災害を誘発させる等の問題が指摘されている。物部川上流や小田深山では既にその問題が発生している。
また生産性を追い求め、高性能機械化により、かえって高コスト(人件費、燃料費、償却費、メンテ費等)になり採算が合わなくなる。そのために人件費を削減に走り、木の伐り過ぎ、荒い施業、外国人労働者化という問題を引き起こしている。特に低質材(パルプやエネルギー材)に、生産性と効率を上げて採算を合わせる方式が現実的に通用するなどと言うことは、世界的にも成し遂げられていないことなのだ。要するに傾斜のきつい日本の山林では無理と言うことだ。
また一人1日10m3以上というような目標が定められ(この現場がどういう状況か皆ほとんどわかっていない、凄まじくきつくてつらい現場ということ)、これが山荒らしの原因になったり、事故多発、劣悪の労働環境につながり、雇用の不安定化に至っている。これはこういう林業を先に実践した先進国、ドイツやカナダ、スウェーデン等でも起こり問題になっている。

こういう内容を、我々土佐の森・救援隊は熟知して、その解決策として「自伐林業」方式を提唱しているのである。この古くて新しい手法が、行き詰まった林業を再生させる近道であることを理論的にも、実践的にも実証してきた。高知新聞も取り上げてはいたが、まったく理解していなかったことが今日判明した。誠に残念である。もっともっと頑張らないといけないということだろう。昨日に「ガレキ発電」とともに日本の林業行政は実にやばいところに至っているといえる。
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by ken_nakaji | 2011-07-29 21:48 | 森林 | Comments(2)
Commented by fighting dog at 2012-02-27 19:57 x
言われてみれば、首をかしげる記事ですね。新聞に載る社説はやはり現場に足を運んで実際を見て、その厳しさを感じてもらわないと、的が当たらない気がします。僕らのような教育関係の内容でも疑問に思うことが載ることあります。

一人あたり10m3とは、間伐では到底不可能に近い数値ですね。皆伐でも難しい数値ではないかと思いますが・・・。
仰せの通り、高性能すぎる機械は、確かに作業をする分にはいいかもしれませんが、そのメンテナンスが大変です。車でも同じことが言えると思いますが、日常のメンテもさながら、壊れた時の修理費も、かなりのものです。これは、昨年軽トラという機械をひたすらいじったので、機械のシンプルさがいかに大事か?ということが、すごく感じられるようになりました。複雑な構造のハイブリッド車は、ここが欠点ですね。何か一つを得るためには、どこかが犠牲になっているということでしょう。
僕自身は、必要最小限の原始的な機械や道具を使って、という作業は半永久的に持続しようと思えばできるので、そっちの方が可能性があると思っています。
Commented by fighting dog at 2012-02-27 20:04 x
古くて新しい、といえば、かつて機械が使われていなかった江戸時代の林業、というのを4年前ぐらいに歴史資料館で見たのですが、あれは、最も先進的な技術だったのではないかと、今でも思っています。段々畑の石垣もそうですが、先人から学ぶべきことは、山ほどあると思います。
最近、機械に人間が呑まれていくような気がしています。

これからの時代、ものの本質というものが問われそうな時代になりそうですね。
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