支援する側、される側

避難地での支援がなかなかうまくいかないという記事がある新聞に出ていました。実際に実施してみるとほんとにそれがよくわかります。特に今回のように未曾有の災害です。吉里吉里小学校に避難されている方々はほとんどが家をなくし、家族さえ亡くしている方々が多いと思います。学校の校庭にて焚き火しながら沈黙して1日暖を取ってられます。この雰囲気の中にボランティア支援スタッフが入り込むのは容易なことではありません。救助等の直接的な支援は自衛隊や警察組織がやっています。それらから漏れている支援をボランティアスタッフがやっているわけで、妙に微妙な関係が生まれています。我々が現地入りしたときには既にそんな雰囲気がありました。この取り組みがなかなか理解されないというか、勝手によそ者が入り込んで好きなことをやっているとか、いう避難も聞こえ、どうもうまくいかないのです。ものを供給することが目的ではなく、災害に遭い後ろ向きに落ち込んでいる方々を如何に、少しでも前向きにするのかということが目的であることがわかってきます。先陣隊の引継内容や、ボランティア後方支援本部(遠野市)でもそのあたりをどうするか、頻繁に議論になっていました。ここをどう打開して、コミュニケーションを取りながら、希望を持ってもらうような進展に持ち込むかなかなか難しいのです。トラブルになっては本末転倒です。

そこで我らが横路親子が子供達に目を付けました。
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サッカーをする、木工をするとか遊びはじめてくれました。子供達も遊びに飢えていたのか、楽しそうに皆に付きまといはじめ、作業中にも入り込んできはじめました。
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そうすると親もやっと近づいてき始めました。
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そうすると翌日は、高校生や若者が校庭で草野球をはじめ、やっと笑い声が響くようになりました。この若者はボランティア支援スタッフとも話すようになり、タオルを持ってカッパ薪風呂に入る方も増え始めました。さすが横路さんですな。変な雰囲気は徐々に減っているようです。やはり子供が大人に勇気を与えるのですね。
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by ken_nakaji | 2011-04-07 17:41 | 森林 | Comments(0)
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